片付けられない、3つの理由

子供のころから、片付けが苦手だった。

机の上には物が山のように積まれていた。

「机を片付けなさい!」と親にいくら叱られても、途方にくれるばかりだった。

のちに「広汎性発達障害」の診断がついた。

 

「どうして片付けられないの?」と問われても「どうしてかわからないけれど、どうしても片付けられない」と言うほかなかった。

 

今思い返して、片付けられない理由が、少なくとも3つわかった。

 

まず、どこに何をしまったらいいのかわからない。

次に、狭くて片付けるスペースが足りていない。

そして何より最大の原因、気力のエネルギーが足りていないことだった。

 

この3つが組み合わさって、片付けが途方もない難題になっていたのだと思う。

 

「気力がない」状態は、片付けに関しては子供の頃からだった。

そして稀に、何も言われなくても片付けが出来る時があった。

子供の頃から軽いうつだったのだろうか??

 

 

悲観的になるのは、ガッカリしたくないから

私は悲観的だ。

もし誰かが私の悲観的な考えを聞いたら、こう思うだろう。

「君はどうしてそんなに悲観的なのだ?」

私なりの理由はこうだ。

 

もうガッカリしたくない。

未来に期待なんてしても、叶わなかったらガッカリ落胆して悲しい思いをしてしまうではないか。

それより期待を低くしておいて「叶ったらラッキー」くらいに思っておいたほうが、悲しい思いをしなくてすむ。

 

楽観の後のガッカリなんてもう懲りごりだ。

 

ちゃんと理由があるのです。

印象に残ったブログ

印象に残ったブログの話。

 

くたびれはてこさんのブログ

http://kutabirehateko.hateblo.jp/entry/20100107/1262845748

 

詳しくはリンクを読んで頂きたく、一部分だけ抜き出すのはためらわれるが、私の心に刺さったのはここ。

 

“ベッドで寝たくて病気に憧れる人には病気の話がちょっと難しすぎることがあるからです。”

 

ああそうか、自分は今まで心の中で「病気の人ばかり優遇されてズルい」みたいなやっかみをする人の心の声が響いていたのだけれど(幻聴じゃなくて観念の話です)、そういう声ばかり無限に慮ることはないのだと、気づかされた。

 

後悔しすぎて死にたいとき

後悔することが多い。

「ああすればよかった」「こうしなきゃよかった」などなど。

後悔しすぎて死にたくなる。

 

でも、自分から死んでしまったら、あの世できっと後悔するのだろう、と思うことにしている。

あの世で「自殺なんかしなきゃよかった、後悔しすぎて死にたい」なんてね。

 

仕事を始めた

仕事を始めた。

 

作業所というところに通い始めた。

 

私にもできる仕事があるということが、とてつもなく有り難い。

つま先立ちをしただけで後ろに倒れた

立ちくらみで倒れた。

 

座った体勢から立ち上がって高い所(吊り戸棚)の物を取ろうと手を伸ばしたところまでは覚えている。

 

「?」

気がつくと私は床に転げていた。

はじめは何が起きたか分からなかった。

ということは、一瞬意識を失っていたのだろう。

徐々に自分が床に転げているという状況を理解した。

倒れるときに掴んだ水切りカゴが床に落ちていた。

ステップチェアが倒れていた。

理解してからようやく立ち上がることができた。

腰と頭をぶつけて痛かった。

 

幸いケガはなかった。

 

お片付け難民が掃除をする方法

片付けが苦手だ。

 

物をどこにしまったらいいのかわからない。

それにそもそも、生活に必要な物をすべて収納できるほど、私の家は広くない。

 

お片付けコンサルタントを家に呼んで知恵を借りても解決しなかった。

やはり家が狭いのだろう。

 

 

さて、そんな私でも床のホコリは掃除したい。

なぜならハウスダストアレルギーで鼻炎になるからだ。

 

床に物を置いているのにどうやって掃除するかの方法。

 

 

右の物を左に寄せる

 ↓

右半分に掃除機をかける

 ↓

左に寄せた物と左に置いてあった物を今度は右に寄せる

 ↓

左半分に掃除機をかける

 

これでホコリは大分とれる。

 

近頃は何でも捨てるのが流行りだけれど、生活に必要な物まで捨てるわけにはいかない。

無理に捨てたところで生活に支障が出るだけだ。

 

広い家に住みたいなあ。

 

そうはいってもお金持ちではないので、今ある家で何とかするしかない。

 

以上、片付けが出来なくても掃除をする方法でした。